キング畢生の大作「暗黒の塔」シリーズが、角川から4巻の『魔道師の虹』まで出ていたのに、今回新潮から新たに、キング自身による加筆と新訳で第一巻から刊行が始まったことは皆さんご存知でしょう。そこで角川版で4巻まで読んでいた人にとっては、「加筆、新訳っていうけど、また買う必要あるの? 5巻待ちでもいいの?」と思われているのではないでしょうか。だからそのあたりについて少し書いてみます。
まず加筆についてですが、基本的には全体の整合性を図るというのが目的なので、物語自体が大きく変わっているということはありません。後の巻で登場する人物の名前などをかなり追加したようにも思えるものの、角川のと比較してみるとそうでもないし、普通に読んでもあまり違いは分からないのでは。
ただ、「整合性」ということ意外でも変わっているところはあります。キング自身も、自分のいつもの作風とは異なるこの第一巻を、多くの読者が受け入れてくれたことに対して驚いているように、正直なところこの作品はあまり面白いわけではないのですが、加筆によって少し面白さがアップし、また黒衣の男のキャラクター造形においても効果を上げている部分があります。そのあたりが一番の読みどころであり、映画でよくある「ディレクターズ・カット」ってやつが、たいていの場合オリジナルよりダメになっているのに対し、キングはええ仕事してるなと感心させられるところです。(それがどこかはネタバレになるので・・・)
新訳については、意見が分かれることでしょう。角川の池央耿氏の訳文は、齊藤某ではないけれど「声に出して読みたい」と思わせるような格調の高さと流麗さがあるのに対し、今回の風間賢二氏はちょっと度が過ぎるのではと思えるほどカジュアル。訳者としての力量の違いは明らかではあるものの、角川版の格調の高さが普段のキング作品とは違うとっつきにくさの一因となっていたことを考えると、一概にカジュアルなのが悪いとも言えないかとも。個人的には翻訳というのはリミックスみたいなもので、どのバージョンが絶対に正しいということはありえないと思っています。だから徒にひとつのバージョンを絶対視するのはばかげていると思うし、私としては訳者としての技量では劣る点があろうとも、風間氏は日本におけるキングの最大の理解者と言ってもいいような人なのだから、キングファンのために最大限の努力をされていると信じ、この風間訳バージョンを支持します。
長くなったので結論をまとめると、熱心なファンならば「はじめに」と「前書き」だけのためにでも買え、角川版を読んでいても少し面白くなっているので買って損はなし、時間も金もないという方は、それほど大きく変わっているわけではないので5巻待ち、これから読もうかと思っている方には、古本で角川のを買ったりせずに、最初から新潮版でどうぞ、というところでしょうか。
最後に、「正直なところこの作品はあまり面白いわけではない」などど書きましたが、訳者あとがきにもあるように、第一巻ではまだ物語が動き出してもいないような状態なので、ここで面白くないとリタイアすることのないようにと願います。この先どんどん面白くなりますから。もっとも私にとっても5巻以降はどうなるかはわからないので、あまり無責任なことを言うべきではないかもしれませんが・・・。ともあれ来年がキングファンにとって最良の一年となることを願うだけです。それでは皆さん、よいお年をお迎えください。