「キング版指輪物語」「現代アメリカを舞台にした神話的作品」「黙示録的」「エピック・ファンタジー」「巨匠畢生の超大作」等々、とかく大げさな形容がつきまとうこの作品。これにつられて読み始めた人は、途中で「予想よりずいぶん地味な話だな」と思ったのではないだろうか。スケールは大きいけど、全体の印象としては地味。これが『ザ・スタンド』の大きな特徴だと思う。
なぜ地味と感じるのか?その理由は、キングの作品にしてはスーパーナチュラルな要素が少ないこと、英雄が登場しないこと、ストーリーの流れよりもキャラクターの造形に重きを置いていることなどが考えられる。つまりこの作品は、極限的な状況に置かれた普通の人々が、何を考え、どう行動するのかを、非常に(あまりに過剰で、カルト的な魅力が発生するほど)丹念に描いた、「人間ドラマ」なのだ。だから派手なアクションもほとんどないし、絶対的な悪の権化であるフラッグも、なんだか尻すぼみな印象しか残さない。
その代わりに、ハロルド・ローダーの、トム・カレンの、グレン・ベートマンの、ラリー・アンダーウッドの、<ごみ箱男>の、コジャックのキャラクターの魅力の強力さはどうよ!キングが彼らの行動を支配しているのではなく、まるで自らの意思で行動しているように感じられるほどの造形力。「生き生きとしたキャラクター」という言葉の概念が変わってしまいそう。
人類の総体としては、何も与えることなく、自然から奪えるだけ奪い取って、挙句の果てに破局をむかえた愚かな存在として描き、個々のキャラクターには信頼と希望を託す。凡人は周りの状況がどうあれ、自分にできることを精一杯がんばるしかないのだ。
人間がこの教訓を学ぶかどうかは「わからない」とするあたりが、おもいっきりキングらしくて最高。